長岡戦災資料館開館10年の歩みを綴った記念誌「語りつぐ長岡空襲」を発行しました。B5版フルカラー191ページで1冊1,500円で、長岡戦災資料館で販売しています。
実は、私が市長に就任した当時、戦災資料館を設置してほしいという要望がありましたが、空襲で市街地が焼失した長岡には、展示する資料がほとんど残っていないという悩みがありました。
続きを読む 市民の力で成長してきた戦災資料館 10周年記念誌を発刊
投稿者: アポロ
フェニックス大橋への期待を込めて中学生が意見を発表
東西道路フェニックス大橋の開通式で、西中学校生徒会長の藤巻薫平さんと宮内中学校生徒会長の岡樹季さんが、しっかりとした意見発表をしてくれました。
そこで、全文を掲載させていただきます。
西中学校生徒会長・藤巻薫平さん
本日はフェニックス大橋の開通、誠におめでとうございます。
この橋が架かることによって、川の東側と西側が結ばれ。交通の利便性がよくなるとともに、今まで以上に市民の皆様の交流が増え、長岡市がますます発展していくことになるでしょう。また、フェニックス大橋の下には、西中学校美術部の生徒が描いた絵が隠れています。私たちが大人になった時まで残っていると思うと、とてもうれしく思います。
長岡市の紋章というのは不死鳥をイメージし、長岡の「長」という文字を図案化してできたものとされています。
今まで長岡は戊辰戦争、第二次世界大戦の長岡空襲の二度にわたって市街が壊滅的被害を受けました。ですが先人の努力により今の長岡があるのです。
そして長岡市はこれからも発展していくことでしょう。その中でこのフェニックス大橋が市民の皆様の生活の支えとなって新しい時代へと長岡が生まれ変わっていくのだと思います。その中でも橋の名前にあるように「フェニックス」、永遠に時を生きる鳥、不死鳥のように、先人の思いをいつまでも受け継いでいくこと大切だと思います。そして私たちのような中学生やこれからの長岡を支えていく人たちは長岡市民の誇りを持ち、自分たちの手で新しい長岡を支えていけるような人になりたいと思います。
このフェニックス大橋が川の東側と西側を繋ぐ橋になるだけではなく、人と人との心を繋ぐ懸け橋のような存在になってほしいと思います。(続く)
続きを読む フェニックス大橋への期待を込めて中学生が意見を発表
36年間の想いが結実!フェニックス大橋開通
11月24日、東西道路フェニックス大橋と左岸バイパスの開通式をアオーレ長岡と現地で行いました。
都市計画決定から36年の関係者の想いを知っていただきたく、式典での私の挨拶を全文掲載いたします。
市長挨拶全文
長岡市民の悲願、長岡東西道路フェニックス大橋の開通の日を迎えました。長岡市民を代表してお礼を申し上げます。
長岡東西道路は今から36年前の昭和52年、長岡ニュータウン構想に合わせて故・田中角栄先生の強いお力添えで都市計画決定されました。
その後22年を経て、平成10年に新潟県管理の国道404号として事業化されました。
その後、財政難から進捗状況が必ずしも思わしくない中で、ある日、今は亡き真島一男先生から「森君、このままでは何年かかるか分からない。道路法の直轄権限代行事業にするしかないぞ」とアドバイスをいただきました。
その後中越地震が発生し、長岡の防災力向上のためには、東西道路が必要不可欠であることを改めて認識し、直轄権限代行事業採択への行動を本格化させました。(続く) 続きを読む 36年間の想いが結実!フェニックス大橋開通
長岡商工会議所女性会創立10周年記念パーティで亀井眞樹さんと歌合戦
11月19日、長岡商工会議所女性会創立10周年記念パーティで、同式典での講師として招かれた亀井眞樹さんと歌合戦をしました。
亀井さんは、東日本大震災への支援など様々な分野で活躍している神経内科専門医で、越後長岡応援団員でもあります。
私は、映画・この空の花の主題歌「それは遠い夏」に続き、おなじみの「憧れのハワイ航路」をご披露。女性会だけあって、皆さん素晴らしいノリで、何とバックダンスが付くという光栄に浴しました。
続きを読む 長岡商工会議所女性会創立10周年記念パーティで亀井眞樹さんと歌合戦
世界の猫グッズNo.33 パリ生まれのネコ型洋服ブラシ
世界の猫グッズNo.33は、パリの雑貨ブランド・PYLONES(ピローヌ)製の猫型洋服ブラシです。
PYLONESは、パリで誕生した、ヨーロッパ最大の雑貨ブランドです。
長女が都内のショップで発見してプレゼントしてくれました。
ご覧のように、たてると自立しています。
続きを読む 世界の猫グッズNo.33 パリ生まれのネコ型洋服ブラシ
岩手県の5市長が長岡市の復興・防災施策を視察
15日、岩手県の5人の市長さんが中越地震からの復興と地域の防災強化について視察に訪れました。
岩手県が進める東日本大震災からの復旧・復興への取り組みに、長岡市の経験が生かされることは、大変有意義なことです。
写真は、市長室での記念撮影です。左から、高橋北上市長、小沢奥州市長、谷藤盛岡市長、勝部一関市長、戸田大船渡市長さんです。
続きを読む 岩手県の5市長が長岡市の復興・防災施策を視察
宮古市の被災地を訪問
11月3日、大槌町での「この空の花」の上映会を終え、大林宣彦監督ご夫妻とともに宮古市に向かいました。
山本宮古市長みずから、同市で最も被害が大きかった田老地区を案内していただきました。山本市長は同地区の出身地のことで、熱心に案内していただきました。
写真は、防潮堤の上で説明する山本市長です。
続きを読む 宮古市の被災地を訪問
「この空の花」の上映で訪れた釜石市の復興状況
11月2日、全体で1,000名を超える死者・行方不明者をだした釜石市でも「この空の花」の上映会を開催しました。
翌3日、特に大きな被害を受けた釜石市の北方にある鵜住居(うのすまい)地区を訪れました。
写真は、JR山田線の鵜住居駅のホームです。ご覧のように、ホームのコンクリートが剥がれて土がむき出しになり、両側の線路も流失しています。
この地区では583人の死者行方不明が出すという壊滅的な被害がでています
写真は、ホームからみた鵜住居駅前地区です。ご覧のように、駅前にあるべき建物はなく、見渡す限り枯草が茂る野原になっています。
正面の白い建物は、200人を超える犠牲者をだした鵜住居地区防災センターの建物です。
復興への願いを込め、大槌町で「この空の花」の上映会を開催
11月2日から、4日まで、東日本大震災の被災地、釜石市と大槌町で、復興への願いを込めた映画「この空の花 長岡花火物語」の無料上映会を開催しました。
震災ガレキの焼却以後、継続して実施している職員の派遣や長岡花火への子供たちの招待などの被災地支援の一環として実施しました。
写真は、壊滅状態の大槌町中心部です。左橋に見える白い建物が旧役場の残骸です。
続きを読む 復興への願いを込め、大槌町で「この空の花」の上映会を開催
コメントを投稿するにはログインしてください。